「ありがとうございましたー。またの御来店をお待ちしていますっ!」
俺は木下玩具店に来ていた親子を笑顔で見送った。
「ふむ……」
時間を考えると、これが今日最後の客だろう。
さすがGW前の最後の日曜というだけあって、客はいつもより多かった。
個人的にはクリスマス前といい勝負なんじゃないだろうか、とまで思ったくらいだ。
これは売上にも十分期待できるだろう、家賃の心配はしなくてもすむはずだ。
と、一人推測しホッと一息。
そもそも家賃生活費もろもろは本部から支給されるので、とりたて俺達は気にしなくてもいいのだが……客がいないのに何故か潰れないお店として怪しまれないにこしたことはないしな。
しかしその盛況から昼からずっと休憩無しの立ちっぱなし、おかげで足は随分と前から棒になっている。
とりあえず腰を下ろしたいという自然な欲求にかられた俺は、近くに置いてあったイス——念のため言っておくが商品ではない——に座り一息入れた。
いやまぁ……疲れの根本的な理由は他にあるのだが。
冬から春へと季節は移り、このしろくま町はまた新しい表情を見せた。
それは俺達しろくまベルスターズも例外ではなく、さつきちゃんはしろくま町から引っ越してしまったし、サンタ先生は本格的にサンタに復帰していたりと、様々な変化があった。
あのクリスマスから数えると四ヶ月を迎えたしろくまベルスターズ。
これはそんなおもちゃ屋が初めての大型連休をむかえた話。
『しろくまゴールデンウィークス』
そしてあいかわらず俺はイスから一歩も動けないでいる。
何をするでもなく、ただレジの方を眺めていた。
既に五分……十分……と、時間は過ぎていたが、そんなものお構いなしだ。
「うぅ……と、冬馬さん。そんなに見つめられると恥ずかしいのですが……」
視線の先にいる硯が顔を真っ赤にしながらレジの売上を確認しながらとうとう音を上げる。
店長たるもの店員の些細な変化にも即座に気付いてやらないとな。
と思いながらもおそらく顔はにやけているであろう俺であった。
「別に硯は気にしなくてゆっくりやってくれていいぞ」
俺はもう少し眺めていたいし。
「もうっ……でもですね、残念ですが、ただ今終わりました」
ガシャコンッ、と景気のいい音を立てて硯はレジをしめた。
「どうだった? 今日はこれだけ働いたんだ結構あったんじゃないか」
「えーと……」
これまでの売上を確認しながら、
「クリスマス前にはさすがに負けますが……ここ一、二ヶ月だと一番だと思います」
どうやら硯も俺と同意見の様だった。
「忙しすぎて、嬉しい悲鳴ですね」
「暇で暇で閑古鳥が鳴くよりはいいだろうさ」
「本当ですね」
クスリと微笑みながらもうなづく。
「それにさ、それだけこの店がしろくま町に馴染んできたってことだろうさ」
「……えぇ。あ、そういえば、昨日さつきちゃんから連絡があったのですが、こっちに来る日にちが決まったみたいです」
さつきちゃんは両親が無事元の鞘に収まったおかげで、春からこの町を離れていた。
五月の連休中には戻ってくるのは硯から聞いて知っていたが、それがいつになるのかはまだ知らされてなかった。
「おお、そうか。そいつはめでたいな。いつになったんだ」
「はい、五月の四、五日にはしろくま町に戻ってくるみたいです」
「そうか……なら前とは違って忙しい所を見せて驚かせてやらないとな」
「はいっ、さつきちゃんもまたみんなに会えるって喜んでました」
二人して気合いを入れ直す。
そう、二人。
俺以外には硯しかいない店内を改めて見渡しながら、ポツリと吐き出した。
「それしてもあいつらは何処で油売ってるんだか……」
あいつらこと、ななみとりりかはここ数日昼食後に必ずオアシスを引いて二人で店を飛び出し、その都度閉店まで帰ってこない。
本来、一人でも十分オアシスの役目は果たせるだろうと、先日注意してみたのだが『春のしろくま張子祭り開催中なんです(なのよ)!!』と逆に怒られてしまっていた。
俺達はなんのことやらサッパリ分からなかったが、そういう経緯でここ数日の午後は俺と硯の二人でなんとか店を切り盛りしていたのだった。
客が今日以上に増えてしまったらかなりマズイと思うんだが。
そしてそれが今日のこの疲労の要因であることは言うまでもない。
「さて、俺もそろそろ片付けるとするか」
十分に目の保養も済んだのでそろそろ自分の持ち分の仕事を終わらせるとするか。
……そういえば、まだクローズの看板を出してなかったな。
陽も沈んだしさすがにもう客も来ないとは思うが、こういう細かい指摘を金髪さんに見つかるとまたどやされるのでしょうがない。
俺は腰をあげた。
「よっこいしょ……っと」
声を出し気合いを入れて立ち上がった俺を——
「冬馬さん……」
何とも言えぬ表情で硯が見つめていた。
その表情はまるで『え、冬馬さんったらもしかして、私より体力がないの……? そんなまさか……あっでも早朝鍛錬の成果が私の知らないところで出ていたのかも——。それよりも昨日激しかったことの方が……でもでも腰は一生物って先生の本にも書いてありましたし……やだやだもうっ私ったら!』いやいやいや硯がまさか、そんな目で俺を見るなんて、これは俺の誇大で被害な甚大な妄想に違いない。
「こ、これはだな、実は最近——」
しどろもどろになりながら必死で弁解をこころみる俺。
もはや何を言っているのか自分でも理解できない。
はたして俺の思いは通じたのだろうか。
「……」
「……」
そんな俺を硯はこれぞ聖女という優しげな笑みを浮かべ——
「はい、冬馬さん……クローズの看板、私が出しておきますね」
間接的に気を遣われた。
結局俺の手から看板をなかば無理矢理奪い取ると一人店から出た。
……これ本格的に朝練の参加を視野に入れるべきだろうか。
「ごっはんー、ごはんー♪ ごはんが疲れをフルオブロンリネスー♪ おー!!」
そんなことを考えていると、ななみが約六時間ぶりの姿を見せた。
豪快に扉を開け放って。
更に謎が深まった歌を口にしながら。
もうあれだろ……ロードスターに影響受けすぎだろ。
それでは原形はもはやご飯しか残せてはいない。
「とーまくん、硯ちゃん……はさっき外で挨拶しましたね。星名ななみただいま戻りましたー!! ってあれ? どうかしましたか、とーまくん何か様子が変ですけれど」
さすが、変なところの目ざとさにだけ定評があるななみは先程俺と硯との間に流れた不穏な空気をすぐさま感じ取った。
やばい。
ななみにばれる、すなわちそれしろくま町に広まるのと同義。
しかも本人に悪意が無いのが余計たちが悪い。
もし、もしも最悪のケースが起こると『あそこの店長は甲斐性無し』というウワサが七十五日広まってしまう。
それだけは絶対避けなければ!
つまりだ、ごまかす。
「いや、いつも通りだ。なぁ硯」
ちょうどタイミングのいいことに看板出しから戻ってきたばかりの硯に話を振る。
硯にとってはなんのことか分からんだろうが、そこはくみ取ってもらうしかない。
おそらく硯はこの空気を読んで俺の名誉のために隠そうとするだろう。
そして俺もこんな恥ずかしい事実を白日の下にさらすつもりはない。
俺と硯の共同作業だ!
「ははははい! お、おかえりなさい。なななななみさん! あ、かん看板はかけてきましたから」
なんか多い!!
「ということで、だ。ななみの気の所為じゃないか?」
「そうですか……? とーまくん、変なとーまくん、いつも変」
ななみは色々と腑に落ちないといった感じだったが、幸いにもこれ以上の追究は無いようだった。
気にしない、悪口なんか、気にしない。
「そういえばななみさん、りりかさんは? 一緒に出かけたのでは」
思い出したように言う硯にハッとする。
そうだ、さっきから何か足りない気がしていたがりりかの姿が見あたらないのだ。
てっきりななみと二人で帰ってくるものとばかり思っていたが。
「りりかちゃんはるんるん号を片付けてるので。もうそろそろ帰ってくるんじゃないでしょうか……っと、うわさをすればりりかちゃん」
ななみとは対照的に、静かに開けられたドアからりりかが帰ってきた。
何故か知らないが、酷くぐでぐでになっていた。
「おう、おかえり」
「おかえりなさい、りりかさん」
「ただいまっ! ちょっとピンクあたし待っててって言ったでしょ、オアシス一人で片付けるの大変だったんだからっ!」
俺達への返事もおざなりに、りりかは帰ってくるなりにななみに食いかかっていた。
ぐでぐでになりつつも怒る元気は残っているようだ。
「違いますよ! あれは『るんるん号』だと、何回言えば覚えるんです?」
ちなみに今更だが『るんるん号』とは『移動店舗オアシス』のことだ。ななみは未だにこの名前にこだわっている。
「そこじゃないわよ! そんなもん、覚えさせられた上で使ってないに決まってるでしょ、それより今は片付けの話をしてるのよ」
「いやいや、それはりりかちゃんが勝負に負けたからであって……」
「ぐっ……それを言われると仕方がないというか……」
なんとも珍しいことに金髪さんがななみに言いくるめられていた。
しかしそんなことよりも、俺は気になった言葉があった。
「なんだなんだ勝負って。またじゃんけんでもしたのか」
「とーまくんは相変わらず失礼ですねー。りりかちゃんとは極普通に『しろくま張子三本勝負』をしてただけですよー」
「十分変だな」
「ひどっ!」
まったくもってアブノーマルだ。
「そうですよ冬馬さん。詳しい話も聞かない内に決めつけるのはよくないですよ」
隣で聞いていた硯がすかさずフォローを入れる。
「やっぱすずりんは国産と違って話が分かるわねー、ちょっと聞いてよ、ななみんったら……」
張子勝負とやらに負けたうっぷんが相当溜まっていたらしく、金髪さんは俺と硯が何も言い出さない内に、延々と喋り始めた。
………………
…………
……
どうにも話を聞くに張子勝負とは、互いに張子人形でショートストーリーを三本演じて、それを観客である子供達にどちらが面白かったか判定してもらうものらしい。
元々はGW中、一番子供達が多い期間にどちらがオアシスを担当するかで揉めたのがきっかけで、つまり勝者がGW担当なのだそうだ。
ここの所、店を抜け出していたのはそれらしい。
つーか、そんな勝負で仕事さぼんな。
「それで、その勝負でななみさんが勝った、と」
「そもそもななみん全部『シジミさん』なのは卑怯よ、三つとも一緒じゃない!」
「全然違いますよ『シジミさん』『劇場版シジミさん』『シジミさん(火曜)』は全く別物です」
「いいわ、百歩譲って劇場版は十作も続いている訳だし認めましょう……でもね、火曜は無いでしょ、カッコ火曜カッコ綴じるって何よ要は再放送じゃないの」
「ぐぬぬ……りりかちゃん、言ってはならないことを……。いいですか、火曜はあなたも私もシジミさんなんです。笑い声まで同じなんですよ、ほらもうこの時点で全然別物です!」
いや同じなら一緒なんじゃねぇか? とは思ったが口に出すとややこしそうなので言わないでおいた。
というか詳しいのな、お前等。
「大体ですね、りりかちゃんがやった『マジカルりりか』『マジカルりりかR』『マジカルりりかS』の方が同じじゃないですか」
「はぁ? ぜっんぜん違うじゃない。分かってないわね、良い? まずは敵組織が違うの。なんでもかんでもゴルゴムの仕業にしてるのと訳が違うのよ! なにより『金髪ツインテ』これすなわち正義の証よ、しかもびっしょーぅじょとキタ、まぁピンクはしょせん妹分がお似合いってことよ、分かった?」
二人の酷く醜い言い争いが加熱する中、俺と硯はサッパリ取り残されていた。
「あ、あのぅ冬馬さん……子供達にこの二人の熱いこだわりは伝わったんでしょうか」
たまらず俺に言葉を投げかける硯。
「大体ですね、それを言うならSSは実質そのピンクが主役みたいなものなんです。まさにトンビがタルトを生むってヤツです!」
「はん! シジミさん時空よりよっぽどマシだと思うけどね!」
……伝わってないだろうな。
あとさりげなくBLACKをバカにするな。
しかしそうだな。
「なぁ硯……今晩は夕御飯を一緒に作らないか?」
「えぇこの場面で!? えーと……そうですね」
なんというか……もう好きにしちゃってくれ。
そして結局この論争は硯の夕飯によってうやむやになるのだが……
なんだろう、このやるせなさは。
そして夕食後。
「やっぱり納得できないわ!」
大方の予想通り、りりかが不満の声を大にして爆発させた。
まぁそうだろうな。ご飯食べて忘れるほどアレじゃないよな。
「……なんのことですか? りりかちゃん」
あぁ……ななみは残念な子だったか。
「こうなったら再戦を申し込むわ!! リベンジマッチよ」
「別に私は構いませんけど——」
「ダメだ」
「どうしてよ、国産」
予想外のところからの反対だったからかりりかは不平を漏らす。
「大体考えてみろ、やっと最近はお店に来るお客さんも増えてきたんだ。もし硯と俺の二人で対処が出来なくなったら——」
「お店の評判にもよくない……のよね」
「そういうこと。しかももうGWだからな。それになにより来てくれたお客さんに失礼だ」
地元の特産品である張子人形も商品にしているうちの様な店は、地元の人達だけでなく観光客の人達も最近は少なからず訪れていた。
このしろくま町に住む人達とどちらが大事、等と区別するつもりはないが俺はそういう一期一会の出会いは特に大事にしたかった。
「分かったわよ……」
元よりサンタとしてのプライドが高いりりかだ、言いたいことを分かってくれたみたいだった。
「……あ」
そしてここで硯に電流走る。
「でしたら……ここでやってみてはどうでしょう」
「……そうか、店の中だと入らないから、店の前で特設ステージを作って……すずりん! ナイスアイディア!!」
硯の提案にりりかが水を得た魚の如く反応する。
「国産もこれなら文句ないでしょ」
「確かに、それだとGWに来てくれた人達へのサービスにもなるな……いけるんじゃないか?」
問題があるとすれば、オアシスは元々ルミナ真空状態の打開策として作られたものだから、本末転倒になってしまうわけだが……まぁ一日くらい大丈夫だろう。
それにぶっちゃけると、この時期のルミナなんかたかがしれてるしな。
「でもりりかちゃん、特設ステージってそんな大きなもの作る時間はあるんですか?」
「あんた、ステージ作って何すると思ってんのよ」
「何って、ハリコー劇団ですけど? ……あ、そうか」
「そういうこと」
そう、特設ステージといっても、人形劇用だから小ぶりなもので事足りる。用意するのはイス程度のものだが、それくらいは本部に連絡すれば何とかなるだろう。
肝心の張子人形もななみが作ったストックがまだかなり残っていたはずだから、大体の劇にも対応できるはずだし——ん?
「ところで、一体何の劇をするんだ?」
「それは……」
ななみとりりかは互いの顔を見やる。
「今日、私が勝ったんですから当然私がメインですよね。りりかちゃんは幕間担当ですからガンガン笑いを取っちゃって下さい」
「あたしは狂言か!! リベンジマッチなんだから当然半分半分よ」
「なら今までの勝負は無駄になっちゃいます!」
「ふんっ! どこだって最終勝負はそんなもんよ」
「りりかちゃん、ひーどーいー。りりかちゃんのおにー、あくまー、りりかー」
「ちょっと待って! あたしの悪口はいいけど、あたしの名前を悪口に使わないで」
そんなさっきと全く変わらないやり取りを眺めながら
「……ふぅ」
おれは今日一番深いため息をついた。
さて、どうやって止めようか……。
「あ、あのっ!」
俺が途方に暮れ始めた時、硯から声が上がった。
自分で出した案だけに、収拾を付けなければ! という思いが人一倍あるのだろう。
よし、やってやれ硯。
「あ、あの。劇でしたらこのワーグナーの書いた『ニーベルングの指環』をやりたいのですがっ!」
どこからともなく、分厚い本を手に主張する硯だった。
嗚呼サンタは踊る、されど進まず……。
それから数時間たっても、時間だけが無情にも過ぎ去り、結論は未だ出なかった。
「ふぁーぁあ……」
そして何度目か分からないあくびをしたところで、
「もうさ、シジミさんみたいに三本立てでいいんじゃないか」
今思い出すと、俺はとんでもない失言を口にしていた。
「「「それだ(です)っ!!」」」
数日後。
「で……最終的にこうなってしまったと」
「はい……面目ないです」
「いやいや、僕に謝られても」
GWも後半にさしかかる、五月四日。
俺は今ペンキ屋さんとこうして店の外で立ち話をしていた。
こう言っては失礼な話だが奇跡的に会話が成立していた。
ちなみにペンキ屋さんは今日定休日らしい。
「でもさ、案外上手くいってるんじゃないかな?」
「そうですかね……?」
二人揃って、店の入り口を見上げる。
『木下張子特別講演 〜ちょうちん憲兵vsマジカルりりか in 神々の黄昏〜』
そうドデカク書かれた垂れ幕がドデンとかかった木下玩具店。
そして階段の所には下に机を並べてさっき作ったばかりの即興舞台。
大屋さん辺りが見たら卒倒しそうな風景ではある。
さて、俺の出した三本立てという提案はそもそも三人が好きな演目を一本ずつ、というものだったのだが、そうして問題にあがったのはその順番である。
あれやこれやと話し合いが行われ、気付けいた時には三本立ては三本要素を取り入れた一本になっていた。ちびくろサンボもビックリである。
そうしてみんな(主に俺が)話を作ったものの、あのカオスな三つがまとまるなら俺はその道で食っていけるわけであって、つまりは話の整合性を合わすだけで一杯一杯だった。
むしろそこまで出来た自分を褒めてやりたいくらいだ。
「でもね、ぼくはあそこ好きだなー。憲兵さんとマジカルりりかが指輪を巡っての空中戦を繰り広げるところ、それはそ——」
「あ! あれは硯が言うにはですね、本来は悲しいシーンなんだそうです」
「そうなのかい、でもあの戦闘シーンは子供の時に見た特撮を思い出したよ、ちなみに最近の特撮と言えば電Qというのがあって、これは——」
「と、ところでペンキ屋さん! まだ三部の内の一部が終わったところですけど、全部観ていかれるんですか?」
今は第一部が終わったあとの休憩時間だ。
だから雑用係の俺もこうしてのんきに立ち話が出来る。
「あぁ、うんその予定。でもさっきの話だけど、子供達にも受けていたしそこまで気にすることはないんじゃないかな」
そうなのだ。正直なところ、始まるまでは生きた心地がしなかったもが、意外や意外に集まった子供達の反応は中々良く、概ね好評の様だった。
ドッグファイトの要素を俺が勝手に取り入れたのが良かったのではないかと個人的には思っている。
「あっ! 冬馬さんっ!!」
と、知った声が聞こえた。
「すいません、ペンキ屋さん。ちょっと呼ばれたんで俺はこれで」
名前を呼ばれた方に顔を向けると、案の定、声の主は俺の知った顔だったのでペンキ屋さんには断りを入れ、俺はその場を立ち去った。
「それはそうと、そうだな……もし僕が三本の話を考えるなら、まず名作とうたわれた『ハルカに乗り継ぎ、巡りしの』通称カにしのは外せないな、二人の旅人が特急ハルカを始めにそれぞれが別々の道を進むんだが、その途中で様々な人々に出会って成長するその対比がまた素晴らしくてね、なに僕の好きなルートだって? そうだな……やっぱりベタかもしれないけど、みやびルートかな、これは日本で初めてお座敷車両に掘り炬燵を導入した画期的な車両でね、なにより四号車には日本庭園まで完備していて、それをみた時のエライ人が「みやびちゃんぷりちー」と呟いたことから、この和風客車が「みやび」と名付けられたのはとてもとても有名な話だからね。次に『Pantograph Waltz』は外せない。中には序盤だけ名作とか評する人もいるけど僕はそう思わないね。なにより美しいとは思わないかい、たった一本の線路を得る為に何車両もの列車が争うだなんてさ。雨風になびくパンタグラフがあんなに美しいと思ったことはあの時が最初で最後だったよね。それに分かってくれると思うけど小さなチンチン電車が竜の如く巨大なモンスタートレインに立ち向かうシーンは僕の中でも屈指の名シーンさ。そして最後に『ひとひトレイン』をもってくるところには何の異論もないと思うけど————ってあれ、中井君?」
「冬馬さん、お久しぶりです」
「さつきちゃん! ひさしぶり、約束の時間よりかなり早いんじゃない?」
「いやぁ〜……どうにも待ちきれなくて、先に一人で来ちゃいました」
てへっと苦笑いするさつきちゃん。
たった一ヶ月会ってなかっただけなのに、その顔は妙に懐かしく感じた。
「あの、ところで硯は?」
「あぁ硯なら……」
あそこに、と俺は机を指差す。
そこからは三人の頭がぴょこぴょこ出たり引っ込んだりしていた。
これから起こる悲劇いや喜劇、もしかすると笑劇かもしれない、を思えばとても可愛らしいものである。
「まだ次が始まるまでしばらく時間はあるからさ、行っておいでよ」
「いいんですか?」
「みんなもその方がやる気が出るはずだって」
「わかりました、じゃあ行ってきます。それではまた後で!」
駆け出したさつきちゃんの背中を見ながら、俺はこの後の劇の展開について思いを馳せた。
あぁ……無事終わってくれたらいいんだが。
余談だがGWも終わった直後の平日にペンキ屋さんから宅配便が届いた。
中身は、電話帳か! と思わずツッコミたくなるくらい分厚い冊子が三冊×四人分。
ちなみに怖くてまだ中身は見てない。
なんだろうこれ。